ワグネリアン誕生
運営者 世の中には、手塚さんが大好きなワーグナーの魅力を知らないという人もいっぱいいますよね。
手塚 それは、ビスコンティの魅力を知らない人だっているんですから。
運営者 じゃ、そういう人たちを「悪の道」に引きずり込むために、一体ワーグナーの何がおもしろいのかについて話してみましょうか。ワーグナーの世界への口説き文句って何があるんですか。
そもそも手塚さんが一番好きなのは、何ですか。
手塚 「ワルキューレ」だよ。次は「トリスタンとイゾルデ」でしょうね。
運営者 「ワルキューレ」って何がいいんですか。入門編ですから、ちゃんと教えてください。
手塚 僕がどうして「ワルキューレ」が好きになったかというと、中学2年のころの話なんだけど時に、そのころはチャイコフスキーとかベートーベンを聞いている中学生でね。
運営者 当然ですよね。中学生の健全な姿ですよね。
手塚 忘れもしませんよ、当時祖父母が隣に住んでいて、その母屋の2階にうちの叔父が住んでたんです。そこに一部屋空いていたので僕は下宿をしていた。そこを勉強部屋に使ってたんですね。そこで、風邪をひいて40度の熱を出して寝ていたんです。ばあちゃんが、「大丈夫か」と言いながらお粥を持ってきてくれたりね。
それを食べながら昼間寝ているときに、小さなトランジスタラジオで、、二期会が日本で初めてワルキューレを全曲演奏したのを聞いたんです。したんです。これはね、木村俊光がウォータン、曽我栄子がブリュンヒルデ、飯森泰次郎指揮、東京フィルハーモニーの演奏で、これをNHKがなぜか真っ昼間に放送したいんだな。で、最後に「ヴォータンの告別」の場に来て、その告別の歌と、「魔の炎の音楽」の時に、「嗚呼」と……。
運営者 (相手を指をさして) 信じ難い。
手塚 別にこれは、話を作っているわけではなくて、ほんとにそうだったんだね。木村俊光のヴォータンでも感激した。東京フィルハーモニーのワーグナーチューバでも感激した。
多分今聞いたらね、非常に稚拙な演奏だったんだと思うよ。だけど当時聴いていたときに、最後にジークフリートのモチーフの大音響のトロンボーンチューバの合奏が鳴ったときに、涙を流して感動したわけ。
運営者 だってさぁ、筋とかわかんないわけじゃないですか。
手塚 そうだよ、中学2年だもん。「なに、近親相姦って?」。
それが春の話で、その後バイロイトの録音を聞いたと。
運営者 あれはね、聞けないですよ普通。だってさぁ、3時間も4時間もかかるし。
手塚 オペラってのは基本的には、暇のある人、有閑階級の人じゃないと聞けない芸術なんだよ。時給五百円で動いている人は聞いてはいけない。