「ワルキューレ」3
手塚 ブリュンヒルデはジークフリートに対して、妻というのと、おばさんという感じとがありますね。
運営者 よくここまで複雑な近親相姦関係を考えたと思いますね。まぁ、ワーグナー本人も滅茶苦茶やってますからね。
手塚 やっぱり芸術家が何かを生み出すというのは、そのためのエネルギーが必要なんでしょう。「トリスタン」なんて、パトロンでお世話になっていたヴェーゼンドンクの奥さんとのドロドロの不倫の産物ですからね。人格的には褒められないかもしれないけれど、残したものがすばらしいという世界でしょう、やっぱり。
それと僕が「ワルキューレ」で好きなのは、多分「ジークフリート」に出てくるって主題なんだけれど、これ。ウォータンが「神たる我よりも自由な者が汝を目覚めさせん」と歌ったあと、全管弦楽で感動的に奏でられる主題。
運営者 わかりますよ。ヴォータンとブリュンヒルデが対立して、その対立が打ち解けて抱き合う瞬間に使われているやつですね。
手塚 父娘のインセストなんだよ。
運営者 僕はあれは、融和だと思っていたんですけどね。
手塚 ヴォータンとブリュンヒルデは、これは別の意味でやっぱり近親相姦なんだよ。だって尋常の親子関係じゃないよ。
運営者 あの兄弟であるワルキューレの9人の中でも特にヴォータンと仲がいいというのはわかりますが。
手塚 セクシュアルな関係ではないにもかかわらず、自分と同じ血が流れている父親が娘に対して注ぐ愛情があって。
運営者 だからあの魅力は、娘を持っている父親が感じることではないんですか。「さようならわが娘よ」の場面というのは。
手塚 僕は娘を送り出すときにはあれを唄うしかないわけね。
運営者 父は罰を与えながら、かつ魔の炎でもって娘を守ると。
手塚 この試練を乗り越えた男であれば、「そうか、お前であればしょうがない娘をやろう」と。
運営者 「そのくらいお前はかわいいんだ」と。しかし、重要なのはブリュンヒルデを甘やかして、最初から「炎に守らせる」とは言っていなかったということだと思うんです。最初は、「お前はそこで寝転んでいて、ここを通った最初のやつと結婚する」という話だったんですが、「それじゃあんまりだからお父さん、なんとかしてよ」という交渉が成立した時に出てくるのが、手塚さんが好きなモチーフなんです。
僕もやっぱり、ここは素晴らしいと思いますよ。それはもう、ホントわかります。参っちゃいますね。