「ワルキューレ」4
運営者 それから、芝居の構造から考えると、「指輪」全編の中で最も重要な幕というのは「ワルキューレ」の第2幕だと思うんです。
どうしてかというと、前夜である「ラインの黄金」は別として、その後の話の構造は、すべてこの第2幕でちゃんと説明されるんです。なぜ神々の没落が始まったかとか。
手塚 「ヴォータンの独白」の歌だね。
運営者 あれがなかったら、「指輪」ってものすごくぶっきらぼうっていうか。ドラマツルギーとして、僕らが考えると「こんなに不親切な芝居ってない」と思うんです。
手塚 だからあれだけいっぱい解説が入ってるんだからいいじゃないか。
「ラインの黄金」は確かに説明は何もない、神々の世界の話。「ワルキューレ」の第1幕は基本的に人間の恋愛小説をやっている。
運営者 きれいに見せてくれますよね。
手塚 第2幕で突然、人間と神々の接触が起きるよね。
運営者 その後のストーリーも、第2幕で説明されています。ラインの娘たちからアルベリヒが盗んだ黄金をヴォータンが取り上げて、ワルハラの城の建築費の支払をヴォータンが巨人族に行い、それがために指輪にアルベリヒの呪いがかかり、知恵の女神エルダとヴォータンの間に9人のワルキューレが生まれて……と、ここで提示された話全体の枠組みが「神々の黄昏」の最後まで続くわけです。だから僕はあの4夜の中で最も重要な部分が「ワルキューレ」の第2幕だと思っているんです。
手塚 僕は「ワルキューレ」の第1幕が、「指輪」全曲の中で音楽的には一番素晴らしいと思うよ。
運営者 だって、かったるいじゃないですか。最初の30分ぐらいは。場面設定も、吉本新喜劇みたいな感じだし。
手塚 そんなことないよ。例えばジークムントが家の中に入ってきたときの音楽というのはあまりにも豊潤で、意味がいっぱいありすぎるほど。
運営者 モチーフがいっぱい入っているということですか。
手塚 剣の動機が鳴り、愛の断念の動機が鳴りという感じで、「彼らを飲み込んだ運命は一体何なんだ」という調子で。フロイトがウイーンで精神分析をやっていたのとほぼ同じときに、ワーグナーは楽劇の中でそれをやったわけです。