「ジークフリート」2
運営者 ジークフリートにはそういう部分がありますよね。「英雄」とはいえ、とても賢いとは思えない。物事は全て、ブリュンヒルデから教えてもらっている。
でもどうして、それを最初から出す必要があったんですかね。
手塚 それは多分、ワーグナーは誇大妄想狂であったために、「純粋な男にもきっと何か良いものがあるんじゃないのかな」というアンチテーゼを書いたのでは。よくわからないけど。
ワーグナー自身は政略をずっとやってきて、基本的に「儲かればいい」って人なのに、なぜか自分が描いた純粋で究極な世界は、「ジークフリート」であり「パルシファル」なわけでしょう。
運営者 だからね、ヴォータンが出ていると、すごく安心するところがある。
手塚 つまりヴォータンは、基本的には……。
運営者 ワーグナー自身だと思う。
手塚 そう。あれは、自分自身が宮廷政治の中で一番うまくやって権力を握り、「自分が言えば何でも思う事がかなう」という世界。ヴォータンが出ていると、現代社会の中の芸術としては収まりがいいんだよ。
運営者 全能の神のくせに、自分が作ってしまったいろんなしがらみに囚われて苦悶するという……やっばりワーグナーは自身を投影していますよね。逆に、「ジークフリート」にはヴォータンがあまり出てこないんですよ。だから安定性がないですよね。まず最初に変な鍛冶屋(アルベリヒの弟ミーメ)が出てきて、そこにまだ目が醒めていないジークフリートがいるわけです。このシチュエーション自体が、それまでの確固たる価値観の中にあった世界から比べれば、かなり不安定だと思います。
手塚 多分ね、ワーグナーは自分自身の非正統性というか、まがいものであることを認識していたと思うよ。「世の中には、ジークフリートのような純粋無垢な男がいる」ということに、一方で否定しながら一方で憧れていたんだと思う。
運営者 面白い。
手塚 多分そういうコンプレックスがあるんだね。
運営者 ジークフリートというのは、ワーグナーの裏返しの人格なんですね。それわかりますね。
手塚 だって、ジークフリートの祖父は神々の長ヴォータンでしょう。それで父親は悲劇の英雄ジークムントなんだけどそれを知らない。
ワーグナー本人は父親は誰だかわからないわけ。私生児だから。だから父親をずっと求めて……、つまり「自分の正統性とは何なのか」ということを求めながら、最後まで悩んでいたんだけれど、ジークフリートに関しては、神々の長ヴォータンの双子の子供、ジークムントと、ジークリンデの子供なわけだから、100%の正統性があるわけ。遺伝学的に見ても、ジークムントとジークリンデにそれぞれ50%ずつウォータンの値が入っているのだから、その二人の近親相姦の結果生まれたジークフリートのDNAは確率的に100%近くウォータンのDNAと同じであってもおかしくないわけで……。
運営者 はあ……。神々の正統性を継いでいるというところに、呪術的な根拠があるわけですね。
手塚 だから「指輪」では基本的に近親相姦を奨励しているわけ。どうやって血を濃くするかということでしょうね。自分から離れたものでありながら、また自分のところに戻ってくるという……。