「ジークフリート」3
運営者 考えてみると、「ワルキューレ」の第2幕で説明されることというのは、ヴォータンが自分自身では「指輪」を手にすることは契約上できないんだけれども、本人の意志で「指輪」を奪って、結果的に取り返してくれる英雄が必要なのでそれを作るんだという話なんです。
それがジークフリートであって、自分の娘であるブリュンヒルデに「それを作る手助けをやってくれ」と、命令してはいないんだけれども示唆したと。ブリュンヒルデは第3幕で、「お父さんそういうふうに私に言ったんでしょう、だから私はジークムントに味方したのよ」と弁明するわけです。
手塚 だからジークムントは、あまりにもヴォータンの直接の意志の中に生きていたために、ヴォータンの槍によって剣「ノートゥンク」を折られてしまう。ところがジークフリートは、鍛冶場でそのかけらになった剣をたたき直して新しい剣を作り、今度はヴォータンの槍がジークフリートの剣によって折られてしまう。興味深いのは、こうした槍や剣はフロイト流に言えばみんなオトコのシンボルなわけね。それを後継者が次々と砕いていく。
運営者 「ジークフリート」の第3幕ですね。それは、ジークフリートは善意の第三者ですから。いや、善意の第二者かな(笑)。
手塚 その瞬間に、神々の長であるヴォータンから、ジークフリートに権威が移ったんだよ。祖父から孫に継承されているわけ。徳川の世から明治維新になったような感じだね。
運営者 「ジークフリート」の第2幕で、大蛇になって呪いのかかった「指輪」を守っている巨人族をジークフリートが退治しに行くところで、カラスが出てきたり、このへんは旋律的にはおもしろいですよ。
手塚 一般的にはそうでしょうね。確かにあの大蛇のホルンが吹くところはすごいよね。僕が持っているカラヤンのベルリンフィルの「ジークフリート」は、ゲルト・ザイフェルトが吹いている。バイロイトで20年間ホルンを吹いていたおじさんだからね。「これがホルンでござい」みたいな。
運営者 それでジークフリートがその大蛇の血を飲むとなぜか鳥の声が聞こえるようになって、その声にひかれてブリュンヒルデに会いに行くと。
手塚 それで第2幕が終わって、第3幕の始まりでオォータンの槍が折られた直後あたりで突然「トリスタンとイゾルデ」みたいになるわけ。「ジークフリート」の第2幕と第3幕を作曲する間で10年ほど空白がある。その間にワーグナーは「ニュルンベルグの「マイスタージンガー」」を書いて、「トリスタンとイゾルデ」を書いているわけです。
だから「ワーグナーはジークフリートを森の中に10年間放っておいた」と言われているわけ。そこでまた熟成させたんだよね。
それで第3幕の出だしは、管弦楽が滅茶苦茶うるさくなるわけ。だって、「マイスタージンガー」と「トリスタン」を書いた人が、静かな音楽を書くわけないじゃない。