「ジークフリート」4
運営者 「マイスタージンガー」と「トリスタン」とじゃあ、ぜんぜん別物じゃないですか。
手塚 あれは、解毒剤と麻薬を両方一辺に飲んだようなもんだね。
そう思わない? 基本的にあれは、麻薬を飲んだ人が、精神を正常に保つためには解毒剤を飲むということで。
運営者 じゃ、ワーグナーの中では、「ジークフリート」を書き続けるということがベースにあって……。
手塚 多分あったんだろうけれど、そこから先、右に行くか左に行くかで迷ったわけだよ。だってこの後ジークフリートをブリュンヒルデに会わせるにあたっては、究極の愛の世界を書かなければならないわけだから。
運営者 そうだよな。考えてみればあれだけ長い8時間近い前振りがあって、「如何にして彼らを会わせるか」というのはすごい問題ですね。それ以前に、ヴォータンの呪縛を断ち切るという一仕事もあるわけであって。
手塚 それはそうだよ。ブリュンヒルデは基本的に父親に束縛されているわけだからね。それは10年間放っておくしかなかったって。
運営者 ジークフリートだって、爺さんであるヴォータンとの間を断ち切らないとね。
手塚 ジークフリートは、爺さんから権力を譲られて、爺さんの娘を自分の嫁さんにするわけだ。
運営者 ワーグナーにしても、その間には10年間が必要だったわけですな。
手塚 そりゃそうなんだよ。この話を熟成させるためには、急には書けなかったんだろうね。それで突然ジークフリートの第3幕、ジークフリートが炎を超えてブリュンヒルデを見出すあたりからに「トリスタン」みたいな怪しげなエロチックな変な音楽が鳴るわけ。最初はホルン8本が朗らかに角笛を吹いてるんだけど、突然ビオラか何かが「サロメ」みたいな怪しげな音楽を奏でて、それで何かこう解脱するんだな。これは「トリスタン」の影響。
そうは言いながらも、「ジークフリート」の終幕というのは、きわめて明るく終わるよね。ひたすら8本のホルンで吹きまくる。健全な初夜だね。
運営者 明るいですよ、だってあの2人が乳くり合って「よかったね」という話だから。でも一番最後のところは、何か不安を残しているようなイメージが。一筋縄ではいかない。作曲者の性格のひねくれ加減がわかります。また自分の考えを見事にオーケストラで表現する見事な技巧がありますね。
しかしホルン8本もオーケストラボックスに入るんですかね。
手塚 バイロイト祝祭劇場はオケ・ピットが相当深いから入ったんでしょうね。「ラインの黄金」ではハープを12台並べたわけだし。