「ニュルンベルクのマイスタージンガー」2
運営者 もうひとつは、「知」の勝利ですよ。ま、「知」だけかどうかわからないけど。その「知」=理性による支配というのは、その当時のニュルンベルグという商工業者の自治都市を支えていたものなんだと思いますよ。
かつね、ワルターというのは若いけれども一応騎士でしょう。ニュルンベルグの商工業者としては、「われわれはそういう武力の部分も取り込める高度な知力と文化を持っているんだ」というのが終幕で高らかに謳い上げられるんだと思うんです。
手塚 職人の世界が持っている本質的な美しさを、彼らは言葉や音楽にして表しているんだね。
運営者 それが強い力を持っているということを是認する社会的な背景があったと思いますか、マイスターたちに。
手塚 他に選択肢がなかったんじゃないの。
でも、今のドイツでも、例えばメルセデス・ベンツなんか見ても、最終的には職人が勝つような文化があるよね。シュトゥットガルトの本社工場に行くと、完成したベンツが垂れ幕の向こうから出てきて、予約していたオーナーと「ご対面」ってするらしいよ。ペットみたいに。今では「クライスラーはドイツに買われたから再生できるるのではないか」と言われているみたいだよ。
運営者 ホントに再生するかな。
「マイスタージンガー」の第3幕はどう思います。同じ歌合戦の「タンホイザー」の第2幕と比較して。「タンホイザー」があんまり暗かったから、「マイスタージンガー」を書いたたんじゃないんですか。
手塚 ワーグナーは「タンホイザー」を書いたときに、タンホイザーが勝利すると書きながら、実は「やっぱりヴォルフラムの方がいいよなぁ」と思っていたのでは。ちょっとわからないけれどでも、どちらが天才的かというと、タンホイザーのあの正調派の音楽よりはヴォルフラムの方がよかったのではと。
運営者 僕はあの、「マイスタージンガー」の第3幕は大好きですよ。大合唱で。
手塚 生理的快感はあるよね。マーラーの「復活」と同じですよ。
運営者 第5楽章ね。「マイスタージンガー」も大合唱に始まり、歌合戦でちょっと笑わせてくれて。ベルリンのドイチェ・オパーの演出なんか、軽業師まで舞台に登場するんですよ。で、最後に「ザックス、ザックス万歳」で終わると。
手塚 「マイスタージンガー」の主題の"ドソソソ"というのは、西洋音楽の勝利といった感じで、五度音階中心の正統派西洋音楽、「よかったよかった」で花火がバンバン上がるという感じ。
日本は基本的に"ドファファ"の4度音程中心の音楽だから、これでは演歌の恨み節になってしまうわけ。
運営者 めでたしめでたしと。ワーグナーも1曲ぐらいああいうのを書いておいてくれてよかったですよ。
手塚 ひたすら怪しい「トリスタン」の半音階と不協和音を書いていたときに、同時にこちらも書かなければやっていけなかったんだよ、きっと。「トリスタン」は和音がジャーンってまったく解決しないでダラダラと続くんだけど、これが胸をかきむしるようなやるせなさや焦燥感、憧憬を実によく表現している。でもこれって精神衛生上よくないよね。それでジャーンって気持ちよく終わる「マイスタージンガー」でその欲求不満を満たしていたわけ。