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 余は如何にして編集者となりし乎 1997年 32歳

屋形船を貸し切りにして遊ぶ。屋形船を貸し切りにして遊ぶ。

1997年 ぼくはこんな記事をつくってしまった


  アメリカ旅行は非常に有意義だった。やっぱり行ってみないとお話にならない。特にアーリントン墓地訪問は、この国の精神の原点に触れた気がして印象的だった。NYは、世界一エネルギッシュでエキサイティングな街だ。なんでも一流のものを目にすることができる。富と文化と情報が蓄積され、再生産されている現場であった。実に面白かった。友人たちのお陰で、毎日寸刻の無駄なく、アメリカを楽しむことができた。

 この年嬉しかったのは、やっとビートたけしに会うことができたこと。2本目の連載である「経済ニュース番付」をスタートさせ、彼はその第1回ゲストであった。この連載も一石三鳥のメリットを狙ったものであったが、十全に機能するようマネジメントできたかどうかは疑問である。私は途中で逃げてしまったし。連載していた「トップの30代」は新編集長の方針で中坊公平を最後にして打ちきりになった。編集長の方針であるならば私には異存はない。

 3月号で市岡さんに〈シュミレーション・ノベル〉日本再建計画書 を書いてもらった。アイデア出しの過程が楽しかった。4月号の管理職特集も企画を立案した。私は いま管理職に求められる20の能力 という対談記事にこだわった。この記事は転載の依頼が来た。こうした原理的なノウハウを紹介する記事、たとえば「PL法クイズ」「営業幹部心得」などは、翻訳やコピーの依頼がかなり来たように思う。

 もう一つ思い出深い記事は、
 5月号の「日本型経済システム」は敗北した!?―有識者アンケート
 前年の「孫子特集」などを経て、かなり闊達に、思った通りの記事づくりができるようになったと思う。
 5月号で、宮本亜門さんに だからオペラは面白い を書いてもらい、ついにオペラも誌面に登場させたので、もう思い残すことはない。
 この春、編集長が交代することがわかった。私は新編集長は、他媒体はいざ知らず、こと「プレジデント」に関する限りは編集長としてまったく不適任であると確信していた。理由を列挙すると、

1. 編集力の欠如
 a. 企画力の欠如
 b. 誌面の恒常的な刷新意欲の欠如
 c. 編集資源の価値に対する無理解
2. 危機意識の欠如
3. マネジメント能力の欠如
4. 権威主義・事大主義
5. 編集権の概念についての無理解

 となる。こうした適性欠如は、それまでの彼の言動や行動ではっきりしていたので、編集長の交代を知った時点で、私のモラールはゼロになった。「6月号までは頑張ろう。その後はどうでもいいや。どうせ半年で編集長交代だろう」と考えていた。
 とするとサボタージュあるのみ。とはいえ、それまで仕事中毒だった私にはなかなかつらいことだ。5月に入ると、まったく暗澹たる気持ちで会社と家の往復をすることになる。

 この4月、10年住んだ武蔵野市を離れ、曙橋に引っ越した。最大の理由は、自転車の駐輪場が抽選システムになったのだが、書類不備で割り当てられなかったことだ。市役所に怒鳴り込んだが、木で鼻を括った対応である。高額納税者にこの対応なら、こんな町とはおさらばだ。それに、校了期のタクシー帰りも苦痛になっていた。夜中に40分もタクシーに乗って帰るというのは時間のムダ以外の何物でもない。一生に一度は山の手線の中に住んでみたいと思っていたので、良い機会である。市ヶ谷の自衛隊にへばりついて建つ、曙橋橋詰のマンション5階に落ちついた。天気の良い日には自転車で会社に通ったものである。


 7月まで、連載以外は仕事をほとんどしないという日々が続いたが、これではたまらない。どうせ年末には編集長は交代するという読みなので、時間を無駄にしないために語学留学でもやってこましたろうという考えが兆してきたのはこの頃だったか、もう少し早かったか、記憶が定かでない。
 N本部長には心から感謝している。私が上司なら、長期休暇など許さなかったろう。とにかく長期休暇制度がないというので、98年のビッグバンを前にして、マネー関係の新雑誌のリサーチという名目をこしらえることになった。適当に取材して、9/10に企画会議を行った。15日に留学許可がおりた。

 留学の目的は、
 外資系金融機関に取材ができる英語力を身につけること
 イギリスのマネー雑誌を研究すること
 であった。この留学は、マネー新雑誌の創刊を前提としている。しかし私はその前に現状のまま推移すれば「プレジデント」自体が傾いて、新雑誌の創刊は難しくなるだろうと読んでいた。

 私は無駄足が嫌な横着な人間なので、泥縄で英語を勉強しようとしたのだが、10月号で金融特集をやるというので、この取材に忙殺され、おまけに歓送会だのなんだので、10月末にかけては目の回るような忙しさになってしまった。10/12夜、家でワインを飲んでいてグラスを倒し、ワインがキーボードにかかってしまった。修理業者に宅急便で送ってみると、修理には18万円と数日かかるという。10/15に泣く泣くパソコンを買い換えたが、ソフトがインストールできない。何と初期不良であった。ホントに泣きたくなった。10/17に交換するためにわざわざ新宿に赴いた。この頃は一刻たりとも惜しかった。
 結局、出発する10/24の午前3時過ぎまでかかって、プライベートバンクについてのデータ原稿を仕上げ、それからパッキングしてタクシーで京成上野に行き、スカイライナーに飛び乗った。生きて帰れるかわからない異国でのはじめての生活に旅立つにしては、あまりにもハードな出立前の一ヶ月間だった。

 留学中、日本との連絡はメールで行っていたのだが、11月半ばに「部数減少、建て直しの要有り。またプレジデントの部数を一部でも食う企画はできないので、マネー新雑誌の企画は中止する」とのメールが来た。これは私の計算通りであり、予測が当たりすぎて恐いくらいだった。これは10月号、11月号の販売不振を受けてのことである。この時点で、英語を勉強する意欲は全く失せた。なぜなら新雑誌をつくる必要がないからだ。
 とはいえ、11月には三洋証券、拓銀、山一が飛んだ。日本に後ろ髪を引かれる思いではあったが、うじうじしていても仕方ない。これもまた既に2,3年前に予見していた経済破綻が現実化しただけのことである。私はイギリスでの生活から吸収できることをめいっぱい学ぼうと努力した。
 12/19には8週間のクラスが終わった。その後8日間をイタリアに遊んだ。ローマで塩野さんとクリスマス・イブのローマの街を逍遥したことは一生涯記憶に残るだろう。

 その後移動したニューヨークでの9日間は、まったく暗澹とした気分で過ごしていた。振り返るのもいやだった。JFKからマンハッタンに向かうタクシーの中で、既に私は気分が鬱いでいた。

 その理由
1. タイム本社を訪問することを会社から禁じられていた。タイムに行かないのなら、この街に来る必要は全くない。しかも私の借りたコンドミニアムはタイムビルと同じブロックにあるのである。
2. アメリカは空前の好況に湧いている。対して日本は出口が見えない不況である。このコントラストに苛ついた。
3. ニューヨークのめぼしい見物は去年済ましている。逆に言うと、吸収すべき情報量が少ないということである。
 まったく憂鬱な滞在であった。しかし、私は毎日違う人に会い、取材を続けた。そして大晦日は、昨年同様、厳寒のタイムズ・スクエアでカウント・ダウンをしていた。つくづく、「俺って、何をしてるんだろ」と思った。

 B&Bは活動のペースをやや落としているように見えたが、表面上は快調であった。私がロンドンにいても、年末のパーティーは滞りなく150人を集めていた。
 しかし、実はたいへんなことが起こっていた。他の勉強会と交流することによってB&Bは食われていくことになった。B&Bのメンバーのクオリティ・コントロールは厳格に行ってきたのだが、ぶら下がり型会合のメンバーが大量に流入することで、このコントロールの基準が、特に一部の世話人の間で意識しないうちに下がってしまったのだ。私はこの現実に気づくのが遅れ、留学したこともあって一年近く放置することになってしまった。これは致命的なミスだった。
 また、一部世話人が結婚、出産で連絡が悪くなったことも現状の認識を遅らせた。メールを過信して、直接会合する機会が少なくなったのも悪い兆候だった。

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